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東京地方裁判所 平成6年(ワ)14912号 判決 1995年6月07日

主文

一  被告岩元フユ子は、原告に対し、一三七万〇七四七円及びこれに対する平成六年八月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告窪田初代、被告岩元武広及び被告岩元正一は、各自、原告に対し、四五万六九一五円及びこれに対する平成六年八月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告菊池己成は、原告に対し、一八六万一八八一円及びこれに対する平成六年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告後藤弥悦郎は、原告に対し、一七七万七二五三円及びこれに対する平成六年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告の被告菊池己成及び後藤弥悦郎に対するその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、被告岩元フユ子、被告窪田初代、被告岩元武広及び被告岩元正一関係に要したものは右被告らの負担とし、被告菊池己成及び被告後藤弥悦郎関係に要したものは六分し、その五を原告の負担とし、その余を右被告らの負担とする。

七  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

一  被告岩元フユ子は、原告に対し、一三七万〇七四七円及びこれに対する平成六年八月三〇日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合よる金員を支払え。

二  被告窪田初代、被告岩元武広及び被告岩元正一は、各自、原告に対し、四五万六九一五円及びこれに対する平成六年八月三〇日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告菊池己成は、原告に対し、一一二七万一八一八円及び九九五万五五〇〇円に対する平成六年八月二七日(本件訴状送達の日の翌日)から、一三一万六三一八円に対する平成七年三月四日(同年二月二八日付け原告準備書面送達の日の翌日)から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告後藤弥悦郎は、原告に対し、一二三三万四六四一円及び八九一万三二一五円に対する平成六年八月二八日(本件訴状送達の日の翌日)から、三四二万一四二六円に対する平成七年三月四日(同年二月二八日付け原告準備書面送達の日の翌日)から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  請求の要旨

本件は、原告経営の松尾採石所において坑道掘進等の作業をして、じん肺に罹患した亡被告岩元武雄、被告菊池己成及び被告後藤弥悦郎(以下、右三名を「本件被告ら」という。)が原告に対し損害賠償請求訴訟を提起して勝訴し、その給付判決に基づく強制執行により全認容額を原告から取得した上、右訴訟の最終口頭弁論期日より後において労働者災害補償保険法等による保険給付を受給したことから、原告が、受給した保険給付と同額の範囲で強制執行による取得金は法律上の原因がないものであると主張して、不当利得返還請求権に基づき、強制執行による取得金のうち右範囲の返還を請求するものである。

原告は、亡被告岩元武雄の訴訟継承人である被告岩元フユ子、被告窪田初代、被告岩元武広及び被告岩元正一に対し、強制執行により取得した一一七二万三〇五〇円のうち二七四万一四九五円(給付判決において認定された財産上の損害額。なお、最終口頭弁論期日より後において受給した保険給付は合計四四二万五三六六円である。)及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、被告菊池己成に対し、強制執行により取得した一八九〇万四二三九円のうち一一二七万一八一八円(給付判決において認定された財産上の損害額。なお、最終口頭弁論期日より後において受給した保険給付は合計一一五九万一四五〇円である。)及び九九五万五五〇〇円(本件訴状による請求額)に対する本件訴状送達の日の翌日から、一三一万六三一八円(平成七年二月二八日付け原告準備書面による請求拡張額)に対する右準備書面送達の日の翌日から、いずれも支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、被告後藤弥悦郎に対し、強制執行により取得した二三六七万五〇七六円のうち一二三三万四六四一円(最終口頭弁論期日より後において受給した保険給付の合計額)及び八九一万三二一五円(本件訴状による請求額)に対する本件訴状送達の日の翌日から、三四二万一四二六円(平成七年二月二八日付け原告準備書面による請求拡張額)に対する右準備書面送達の日の翌日から、いずれも支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払を求めている。

二  争いのない事実(明らかに争わないため自白したとみなされた事実を含む。)

1  本件被告らが原告その他に対し提起した当庁昭和五七年(ワ)第四八八九号損害賠償請求事件(以下「原事件」という。)において、平成二年三月二七日、一部認容の給付判決(以下「原事件地裁判決」という。)がされ、その控訴審である東京高等裁判所平成二年(ネ)第一一一三号・第一二九九号損害賠償請求控訴事件において、平成四年七月一七日、原事件地裁判決を変更して、原告外一名が亡被告岩元武雄に対し二一二四万一四九五円及びこれに対する昭和五六年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員、被告菊池己成に対し二六五七万一八一八円及びこれに対する昭和五七年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員、被告後藤弥悦郎に対し二九六四万七二二三円及びこれに対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員の各支払を命じる給付判決(以下「原事件高裁判決」という。)がされた。なお、原事件高裁判決において、認定された財産上の損害額(逸失利益の額)、損益相殺額(本件被告らが原事件の控訴審の最終口頭弁論期日である平成三年一一月三〇日までに受給した保険給付の合計額)及び相殺後の損害額は、次のとおりである。

(一) 亡被告岩元武雄

財産上の損害額

四六六六万五五五三円

損益相殺額

四三九二万四〇五八円

相殺後の損害額

二七四万一四九五円

(二) 被告菊池己成

財産上の損害額

三八四九万六七〇二円

損益相殺額

二七二二万四八八四円

相殺後の損害額

一一二七万一八一八円

(三) 被告後藤弥悦郎

財産上の損害額

三九三一万四一四三円

損益相殺額

二五一六万六九二〇円

相殺後の損害額

一四一四万七二二三円

2  原事件の上告審である最高裁判所平成四年(オ)第一八七九号事件において、平成六年三月二二日、上告棄却の判決(以下「原事件最高裁判決」という。)がされて、原事件高裁判決は確定した。

3  本件被告らは、原事件地裁判決の仮執行宣言に基づく強制執行により、原告から各二〇〇〇万円ずつを取得し、更に、平成四年七月二二日、原事件高裁判決の仮執行宣言に基づく強制執行により、原告から亡被告岩元武雄は一一七二万三〇五〇円、被告菊池己成は一八九〇万四二三九円、被告後藤弥悦郎は二三六七万五〇七六円をそれぞれ取得して、原事件高裁判決による認容額が全額支払われたことになつた。

4  本件被告らは、原事件の控訴審の最終口頭弁論期日である平成三年一一月三〇日より後において、次のとおり、労働者災害補償保険法による傷病補償年金及び福祉施設給付金並びに厚生年金保険法による障害年金を受給した。

(一) 亡被告岩元武雄

傷病補償年金

平成四年二月一日及び同年五月一日

合計一四二万六五五〇円

平成四年八月三日及び同年一一月二日

合計一四五万七五五〇円

(原告は、右のうち二六八万一三〇〇円のみを主張している。)

福祉施設給付金

平成四年二月一日及び同年五月一日

合計 三六万四九〇〇円

平成四年八月三日及び同年一一月二日

合計三七万二八二五円

(原告は、右のうち六七万六七〇〇円のみを主張している。)

障害年金

平成三年一二月一六日から平成四年六月一五日まで

合計一二〇万九六八二円

平成四年八月一四日及び同年一〇月一五日 合計六一万九七六六円

(原告は、右のうち一〇六万七三六六円のみを主張している。)

(二) 被告菊池己成

傷病補償年金

平成四年二月一日及び同年五月一日

合計一五五万六一〇〇円

平成四年八月三日から平成六年五月二日まで 合計六五〇万七三二五円

(原告は、右以外に一六六万二二五〇円を受給したと主張している。)

福祉施設給付金

平成四年二月一日及び同年五月一日

合計 二九万八五五〇円

平成四年八月三日から平成六年五月二日まで 合計一二四万八三七五円

(原告は、右以外に三一万八八五〇円を受給したと主張している。)

(三) 被告後藤弥悦郎

傷病補償年金

平成四年二月一日及び同年五月一日

合計一四七万五二五〇円

平成四年八月三日から平成七年二月二八日まで 合計六一六万九二七五円

(原告は、右以外に二六三万三九〇八円を受給したと主張している。)

福祉施設給付金

平成四年二月一日及び同年五月一日

合計 二九万五一〇〇円

平成四年八月三日から平成七年二月二八日まで 合計一二三万四二五〇円

(原告は、右以外に五二万六八五八円を受給したと主張している。)

5  亡被告岩元武雄は、平成六年一〇月二日死亡し、同人の権利義務は、相続により、被告岩元フユ子が六分の三、被告窪田初代、被告岩元武広及び被告岩元正一が各六分の一の各割合で承継した。

三  争点

1  被告菊池己成及び被告後藤弥悦郎が原事件の控訴審の最終口頭弁論期日である平成三年一一月三〇日より後において受給した労働者災害補償保険法による傷病補償年金及び福祉施設給付金の額は、いくらであるか。

(原告の主張)

被告菊池己成は傷病補償年金九七二万五六七五円及び福祉施設給付金一八六万五七七五円を受給し、被告後藤弥悦郎は傷病補償年金一〇二七万八四三三円及び福祉施設給付金二〇五万六二〇八円を受給した。

2  原事件高裁判決に基づく強制執行により亡被告岩元武雄が取得した一一七二万三〇五〇円のうち二七四万一四九五円(原事件高裁判決において認定された財産上の損害額)、被告菊池己成が取得した一八九〇万四二三九円のうち一一二七万一八一八円(原事件高裁判決において認定された財産上の損害額)、被告後藤弥悦郎が取得した二三六七万五〇七六円のうち一二三三万四六四一円(原事件の最終口頭弁論期日より後において受給した保険給付の合計額)は、不当利得になるか。

(原告の主張)

(一) 原事件高裁判決において認定された財産上の損害は、本件被告らが原事件高裁判決の認定事実と同一の事由に基づく労働者災害補償保険法等による保険給付を原事件の控訴審の最終口頭弁論期日である平成三年一一月三〇日より後において受給した場合、受給額につき填補されたものとなる。即ち、原事件最高裁判決は、上告棄却の判決をして原事件の控訴審の口頭弁論終結時における原告の損害賠償債務額を確定するものであるが、右確定した時点では、原告の損害賠償債務額は、本件被告らが最終口頭弁論期日より後において受給した保険給付額分だけ消滅して減少しているものであり、一方、原告が本件被告らに対し支払をしたのは、原事件高裁判決の仮執行宣言に基づく強制執行によるところ、右支払による実体法上の弁済の効果は、原事件高裁判決の確定を停止条件として遡及的に生じるものであつて、右遡及効よりも保険給付の受給による損害賠償債務額の減少が優先することはいうまでない。従つて、原告は、原事件高裁判決について、本件被告らが最終口頭弁論期日より後において受給した保険給付額の範囲で請求異議の訴えができるところ、本件被告らが原事件高裁判決の言渡後間もなく強制執行をして全認容額を取得したため、執行力の排除をすることができなかつたものであり、本件被告らが強制執行により取得した金員のうち最終口頭弁論期日より後において受給した保険給付額に相当する範囲は、法律上の原因のないものである。

(二) 本件被告らは、原事件高裁判決に基づく強制執行により損害賠償金を取得し、一方、最終口頭弁論期日より後においても保険給付を受給し続けると、受給した保険給付額が二重利得となつて、不公平を作出するが、労働者災害補償保険制度においては、保険給付を支給する財源の大部分は事業主から徴収される労災保険料によつており、原告は事業主として労災保険料を多額に支出しているので、右不公平を解消するために、本件被告らは、二重利得を原告に対し返還すべきである。

(三) 最高裁判所昭和五二年一〇月二五日第三小法廷判決は、受給権者が使用者に対してする損害賠償請求訴訟においては、口頭弁論終結後の保険給付の受給額を損害賠償債権額から控除することを要しないとするだけであつて、最終口頭弁論期日の後において受給した保険給付について不当利得返還請求を別訴で提起することは、右最高裁判所判決と抵触するものではない。また、最終口頭弁論期日の後において受給した保険給付について不当利得返還請求をすることは、最高裁判所平成元年四月二七日第一小法廷判決とも抵触するところはない。

(被告らの主張)

(一) 最高裁判所昭和五二年一〇月二五日第三小法廷判決は、「政府が保険給付をしたことによつて、受給権者の使用者に対する損害賠償請求権が失われるのは、右保険給付が損害の填補の性質をも有する以上、政府が現実に保険金を給付して損害を填補したときに限られ、いまだ現実の給付がない以上、たとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても、受給権者は使用者に対し損害賠償の請求をするにあたり、このような将来の給付額を損害賠償債権額から控除することを要しないと解するのが、相当である。」としており、右「現実の給付」があつたかどうかは、事実審の口頭弁論終結時を基準として判断するものであるから、事実審の最終口頭弁論期日より後にされた保険給付は、損害賠償請求訴訟の判決で確定した認容額に何らの消長を来すものではなく、右判決に基づく強制執行による取得金が不当利得になる余地はない。

(二) 最高裁判所平成元年四月二七日第一小法廷判決は、「労働者の業務上の災害に関して損害賠償債務を負担した使用者は、右債務を履行しても、賠償された損害に対応する労災保険法に基づく給付請求権を代位取得することはできないと解することが相当である。」としているので、使用者は保険給付請求権を代位取得できないのに、労働者が保険給付を受給した途端に使用者に対し不当利得として返還しなければならないと解釈するのは、右最高裁判所判決に反する解釈であつて、失当である。

(三) 昭和五五年法律第一〇四号により新設された労働者災害補償保険法六七条二項(現行六四条二項)は、労働者が事業主から損害賠償を受けることができる場合であつて、保険給付を受けるべきときに、同一の事由について、損害賠償を受けたときは、政府は労働者災害補償保険審議会の議を経て労働大臣が定める基準により、その価額の限度で、保険給付をしないことができる旨を規定しており、同法は、事業主が支払つた損害賠償額は、その後の保険給付によつて影響されないことを当然の前提にしている。

(四) 本件訴訟は、原事件の控訴審の口頭弁論終結時における原告と本件被告らとの間の権利関係を争うもので、原事件高裁判決の既判力に抵触する不適法なものである。原事件高裁判決は、本件被告らが将来保険給付を受給することを前提として、財産上の損害額から受給済みの保険給付額を控除し将来分は控除しないと判断して、損害賠償額を算定しており、本件被告らが最終口頭弁論期日より後において保険給付を受給することは、原事件高裁判決の認定した損害賠償額に何ら影響するものではない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

被告菊池己成及び被告後藤弥悦郎が原事件の控訴審の最終口頭弁論期日である平成三年一一月三〇日より後において労働者災害補償保険法による傷病補償年金及び福祉施設給付金を当事者間に争いがない金額(前記第二の二の4の(二)及び(三))を超えて受給した事実を認めるべき証拠はない。

二  争点2について

1  原事件高裁判決に基づく強制執行により、平成四年七月二二日、原告から亡被告岩元武雄は一一七二万三〇五〇円、被告菊池己成は一八九〇万四二三九円、被告後藤弥悦郎は二三六七万五〇七六円をそれぞれ取得して、原事件高裁判決による認容額が全額支払われたことになつたこと、原事件高裁判決において、本件被告らが原事件の控訴審の最終口頭弁論期日である平成三年一一月三〇日までに受給した保険給付の合計額を相殺した後の財産上の損害額が亡被告岩元武雄につき二七四万一四九五円、被告菊池己成につき一一二七万一八一八円、被告後藤弥悦郎につき一四一四万七二二三円であると認定されたこと、亡被告岩元武雄は、傷病補償年金を平成四年二月一日及び同年五月一日に合計一四二万六五五〇円並びに同年八月三日及び同年一一月二日に合計一四五万七五五〇円、福祉施設給付金を同年二月一日及び同年五月一日に合計三六万四九〇〇円並びに同年八月三日及び同年一一月二日に合計三七万二八二五円、障害年金を平成三年一二月一六日から平成四年六月一五日までに合計一二〇万九六八二円並びに同年八月一四日及び同年一〇月一五日に合計六一万九七六六円受給したこと、被告菊池己成は、傷病補償年金を平成四年二月一日及び同年五月一日に合計一五五万六一〇〇円並びに同年八月三日から平成六年五月二日までに合計六五〇万七三二五円、福祉施設給付金を平成四年二月一日及び同年五月一日に合計二九万八五五〇円並びに同年八月三日から平成六年五月二日までに合計一二四万八三七五円受給したこと、被告後藤弥悦郎は、傷病補償年金を平成四年二月一日及び同年五月一日に合計一四七万五二五〇円並びに同年八月三日から平成七年二月二八日までに合計六一六万九二七五円、福祉施設給付金を平成四年二月一日及び同年五月一日に合計二九万五一〇〇円並びに同年八月三日から平成七年二月二八日までに合計一二三万四二五〇円受給したこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  本件被告らが受給していた労働者災害補償保険法による傷病補償年金及び福祉施設給付金並びに厚生年金保険法による障害年金の各給付事由は、原事件高裁判決において認定された原告の損害賠償債務の発生事由と同一である。

労働者災害補償保険法及び厚生年金保険法による保険給付は、受給権者に対する損害の填補の性質をも有するから、労働者災害補償保険法による保険給付については労働基準法八四条二項を類推適用し、厚生年金保険法による保険給付については衡平の理念に照らし、使用者は、保険給付額の限度において民法による損害賠償の責を免れると解されている。即ち、現実に保険給付がされた場合は、損害が填補され、受給権者の使用者に対する損害賠償請求権が保険給付額の限度において失われると解されている。原事件高裁判決においても、右のように解して、本件被告らが原事件の控訴審の最終口頭弁論期日である平成三年一一月三〇日までに受給した保険給付の合計額を財産上の損害額から控除している。

従つて、本件被告らは、最終口頭弁論期日である平成三年一一月三〇日より後にも保険給付を受給しているのであるが、本件被告らが同日より後において保険給付を受給する度に、保険給付額の範囲で財産上の損害が填補され、本件被告らの原告に対する損害賠償請求権は、その範囲で失われていくというべきである。このような実体法上の効果は、原事件の控訴審の口頭弁論終結時における本件被告らの損害賠償債権額を認定した原事件高裁判決が確定していること及び原事件高裁判決の債務名義額について減額の手続がされていないことからは、何ら影響を受けないものである。また、右解釈は、最高裁判所昭和五二年一〇月二五日第三小法廷判決に沿うものであり、労働者災害補償保険法の規定及びその法意並びに昭和五五年法律第一〇四号による改正とも何ら抵触するところはない。

3  本件被告らが平成三年一一月三〇日より後において受給した保険給付額の範囲で財産上の損害が填補されるとした場合、填補される額は、本件被告らの損害発生日から受給した時までの年五分の割合により計算される額を控除して算定するのが衡平上相当であり(算定に当たつては、損害発生日から受給した時までの期間は、原事件高裁判決に従い、年単位とする。)、本件被告らの原事件高裁判決に基づく損害賠償請求権は、右填補された額に右判決が認めた遅延損害金を加算した範囲で減少したことになる。そこで、本件被告らが原事件高裁判決に基づく強制執行をした平成四年七月二二日時点における財産上の損害の賠償請求権(遅延損害金を含む。)の減少額を算定すると、次のとおりである。

(一) 亡被告岩元武雄

前記1のとおり傷病補償年金一四二万六五五〇円、福祉施設給付金三六万四九〇〇円、障害年金一二〇万九六八二円(原告は、訴状において、受給した障害年金を一〇六万七三六六円と主張しているが、一二〇万九六八二円であるとの被告らの主張を口頭弁論において明らかに争つていないので、原告の右主張は撤回されたものと解する。)、合計三〇〇万一一三二円を受給しているので、右範囲で財産上の損害が填補されるところ、填補された額は、損害発生日が昭和五五年六月一七日であるから、一九三万六〇三〇円であり、財産上の損害の賠償請求権の減少額は、遅延損害金の起算日が昭和五六年七月九日であるから、三〇〇万四五二四円である。

(二) 被告菊池己成

前記1のとおり傷病補償年金一五五万六一〇〇円、福祉施設給付金二九万八五五〇円、合計一八五万四六五〇円を受給しているので、右範囲で財産上の損害が填補されるところ、填補された額は、損害発生日が昭和五六年一〇月三日であるから、一二三万六三〇九円であり、財産上の損害の賠償請求権の減少額は、遅延損害金の起算日が昭和五七年六月九日であるから、一八六万一八八一円である。

(三) 被告後藤弥悦郎

前記1のとおり傷病補償年金一四七万五二五〇円、福祉施設給付金二九万五一〇〇円、合計一七七万〇三五〇円を受給しているので、右範囲で財産上の損害が填補されるところ、填補された額は、損害発生日が昭和五六年一〇月五日であるから一一八万〇一一五円であり、財産上の損害の賠償請求権の減少額は、遅延損害金の起算日が昭和五七年六月九日であるから、一七七万七二五三円である。

4  本件被告らは、平成四年七月二二日、原事件高裁判決が認定した損害賠償請求権が一部減少しているにも拘らず、原告から強制執行により原事件高裁判決の認定した損害賠償債権額から原事件地裁判決に基づく強制執行により取得した各二〇〇〇万円を差し引いた金額を取得したので、亡被告岩元武雄は三〇〇万四五二四円、被告菊池己成は一八六万一八八一円、被告後藤弥悦郎は一七七万七二五三円の各範囲で法律上の原因なくして利益を受けたものである。もつとも、原告は、亡被告岩元武雄に対して請求しているのは、二七四万一四九五円であるから、亡被告岩元武雄については、右二七四万一四九五円の限度で認容することとする。

5  原告は、原事件高裁判決に基づく強制執行の後で原事件高裁判決の確定までの間に本件被告らが受給した保険給付に対応する範囲の強制執行の取得金を不当利得であると主張し、その前提として、原事件高裁判決の仮執行宣言に基づく強制執行による支払は、原事件高裁判決の確定を停止条件として、実体法上の弁済の効果が遡及的に生じるとの解釈を主張している。しかし、仮執行宣言に基づく強制執行による支払であつても、実体法上の弁済の効果は直ちに生じるものである(なお、弁済の効果は、仮執行宣言又は仮執行宣言を付した給付判決が上級審において取消されることを解除条件とすると解されているが、原事件高裁判決については上告棄却の原事件最高裁判決がされていて、右解除条件は不成就であることが確定している。)から、右解釈自体失当であるし、原事件高裁判決に基づく強制執行による取得金は、前項認定の各金額を除いて、すべてが原事件高裁判決において認定した損害賠償債権に充当されているので、本件被告らが右強制執行以後に受給した保険給付に関連して不当利得を論ずる余地はない。

また、原告は、本件被告らが強制執行により損害賠償金を取得し、一方、最終口頭弁論期日より後においても保険給付を受給し続けて、二重利得となつて不公平を作出するので、右不公平を解消するために、二重利得を原告に対し返還すべきであると主張するが、本件被告らが二重利得をして不公平を作出したとしても、本件被告らが原告に対し二重利得を返還すべき法的根拠は何ら主張されていないので、検討するまでもない。

三  まとめ

原告の本訴請求は、被告岩元フユ子、被告窪田初代、被告岩元武広及び被告岩元正一に対するものは、すべて理由があるから認容し、被告菊池己成に対するものは、一八六万一八八一円の不当利得返還及び遅延損害金の支払の限度で理由があるから認容し、被告後藤弥悦郎に対するものは、一七七万七二五三円の不当利得返還及び遅延損害金の支払の限度で理由があるから認容することとする。

(裁判長裁判官 大島崇志 裁判官 小久保孝雄 裁判官 小池健治)

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